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人を思う
言葉は言霊。

けれど
便利に頼り、楽に慣れ
考えることを放棄するようになったこの世界で
言霊に込められた複数の大局的な意味を
示唆なく感じ取れる人は少なくなったと思う。

more以下は
友達に宛てたメールに若干修正追加を加えたもの。
友達に宛てたけどその大半が自戒の文章でもある。
偉そうな口調だけどこれが一番意図が伝わりやすいと思うので。


------

優しさとは「人」を心で思うこと。
本心から思うこと。
「人」とは特定の誰かを指すのではなく
自分自身も含め、肉体の有無関係なく
ありとあらゆる「思う価値のあるもの」を指す。

自分の何かを犠牲にして
自分以外の何かの為に
何かをする。

なるほど
何かをしてもらった人は
それにより一時は救われるだろう。
だが果たしてそれは本当の優しさか。



それにより払われた犠牲を知ったとき
彼の人はわずかながらも
良心に呵責されるかもしれない。

では
自分の受けた苦難を漏らさず
ただひたすら独りで耐えて
人の為の何かを行い続けるべきか。



過度のそれは偽善である。
先に述べた「人」には
自分自身も含まれているのだから。

楽しさや喜び、あるいは
その先に希望を見いだせている苦難は
真の苦難ではない。
真の苦難は「毒」を持つ。
毒はわずかなら薬となることもあるが
多く摂ると死につながる。

それでも甘んじて「毒」を受け続け
黙して独りで死ねば問題はないか。



この世の全ては影響の中にあり
「毒」による死は
少なからずその「毒」を周りにまき散らす。

ではどうすればいいか。

そう誰かに問うて答えがもらえるのは幼子の間だけ。
答えを示すことはすなわちその責を負うことになる。
簡単に言うならば
聞かれて「こうすればいい」と答える時は
そうしたのにダメだった時の責を負う覚悟がいるのだ。
自分の責ならまだしも
人の責というものははるかに重い。
「どうすればいいか」を安易に聞くことは
その責を強いているのだということを忘れてはならない。

だからいつか誰しもが
本当に大切なものは何か、を
自分自身で決めて貫ける意志が必要になる。
それが大人になるということ。

貫くべき大切なものは
一生変わらないものではなく
自身の成長とともに進化してゆくだろう。
ときには全く逆転するかもしれない。
よく考えたうえでの逆転は進化である。
ただ逆転する前の自分をなかったことにしてはいけない。

何事に対しても全否定をしないこと。
可能性を考えること。
自分の為に生きること。
人の為に生きること。

光があれば影ができること。
どちらかを持たないことはできはしない。
自分の中にある善も悪も
他人の中にある善も悪も
まず認めて、受けとめること。
そしてそこから考え、進むこと。
後戻りは決してできはしない。

自分が
「人」であることを喜び
「人」であることを誇りに思い
「人」だからこそ
「人」を大切にして
生きること。

それは「人」が特別ということではなく
それが「人」として生まれた意味だから。

自分にできることを
自分で考えて、行い、
足りぬ部分、至らぬ部分を
補い合って、助け合って
生きること。

「平等」も「特別」も共にあること。
それぞれあるべきところにあること。

全ては巴。

このセカイに
何一つ同じものはなく
そして全ては等しいということを
時々思い出せばいい。

--------

人の為に、と行うことは
結局は自分の為の行為である。
自分がそうしたいと思ってするのだから。
ゆえに「人の為」と書いて「偽り」と読む。

善も悪も過度であることがよくないのであって
それぞれが適度に影響しあえば調和のとれた世界になる。
喜びも怒りも哀しみも楽しさも、必要ないものなどない。

そしてこれらは全てに対して全うしなければならないわけではない。
狭い世界で、広い世界で、個人に対して、大勢に対して、
大切な人だけにでも、不特定多数にでも
自分が必要と思った時に
自分が選んだ相手に
可能な程度で試してみてはどうかという提案のようなもの。
「こう思うけれど、どうかな」という提案のようなもの。

共感し、試して、うまくいけばこの方法を続けてもらえればいい。
共感し、試して、うまくいかなければ別の方法を考えてもらえばいい。
共感しなければ、試さなければいい。

ここにこれらを記したのは
読む者に押し付けようとするものではない。
「今の私」が考え思った理であるだけで
「明日の私」は違う理を考え出し、それに准じて生きるかもしれない。
ここに記した理由は
ただ私が思ったことを知って欲しいという我が儘と
あとは自分の為の記録である。

まず自分で考える。
次に他者に助け(意見や具体的な行動など)を求める。
そして次は自分が他者に助けを出す。
全てがタイミングよく行われたなら
何事もうまくまわっていくと思う。
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